新年のご挨拶

新年あけましておめでとうございます.
昨年は本の出版,講演等,様々な経験をさせていただいた年でした.おかげで,沢山の方に支えられ,沢山の方と出会うことができました.本当にありがとうございました.2009年も引き続き充実した一年にしていきたいと思います.

もうすぐ米国でオバマ大統領が就任します.オバマ氏の選挙におけるスローガンはCHANGEだったわけですが,米国の国政はもとよりあらゆる分野で変化が生じることを予見する論考も沢山発表されています.

私は研究の題材としてウェブを選んでいます.ウェブ,そして情報通信分野というのは変化が特に激しい分野という認識が広まっていると思います.確かに用いられる「技術」の進歩・変化は他の分野と比較すると速いものかもしれません.しかし,冷静になって見つめなおすとウェブやインターネットを含む情報通信技術の進歩が果たしてきた役割の多くは,以下の2つに要約することができるでしょう.

  1. 情報処理効率の向上
  2. 取引コストの低減

前者は経理処理が早くなったとか,POSシステムが完備されてコンビニエンスストアという業態が成立したとか.データの圧縮技術が進歩したことにより,記録媒体は光学ディスクになったり,携帯通信が普及したりしました.私が前に務めていた市場調査業界なんて完全にこの影響を受けて変化した典型例だと思います.

後者は,amazonでマニアックな本やCDがいつでも手に入るとか(いわゆるロングテール,っていう奴ですね),ブログやポッドキャストなどで誰しもが全世界に向けて気軽に情報発信・交換・共有ができるようになったり,といったようなところです.

ちなみに,ウェブ2.0は後者の取引コスト低減による影響,そして昨年の後半から徐々に話題になりつつあるクラウドコンピューティングなどは前者の情報処理効率の向上に対応した変化をまとめて表したバズワードです.バズワードの登場は共通項で一くくりにできる事象が同時多発的に起きていることを示す現象ですから馬鹿にはできません.でも,その一くくりにされたものをまとめて分析しようとしても,何も出てこないことのほうが多いわけですが.

しかし,情報処理効率の向上と取引コストの低減という(いささか乱暴ではありますが)2つのキーワードで情報通信技術の進歩の影響をまとめることができるというのであれば,情報通信技術は何一つ「新しい」ものを生み出していないことになります.それは価値を生み出していないということではなく,「やり方を変えたことによって,もともと存在していた事物やデータを,より広範な人が利活用できるようになった」ということです.そのことにより,個人の生活が,企業のビジネスモデルが,公的セクターの活動が,大きく変化してきているのは事実です.しかし,「新しい」データが世に生まれたから,というよりは,今まで存在したデータの処理のあり方が変化したことに対する対応であることがほとんどでしょう.

情報通信技術といっても,所詮はそんなものであったりします.だから私は情報通信技術に過剰な期待はしないつもりです.どちらかといえば,技術進歩が実現した効率化に対応した人間の利活用スキームを支えるなにか,例えばビジネスモデルであったり,法制度であったり,心理的な側面であったり,の変化こそが大事だと考えます.

過剰な期待はしませんが,でも私は情報通信技術,特にウェブ技術に対するなみなみならぬ関心を持ち続けています.というのも,ウェブでは時に「いままで存在しなかったデータ」「そのデータから生み出される情報」が生まれてしまうからです.私が研究の題材に選んだソーシャルタギングセマンティックウェブなどは典型的な,これまでに存在しなかったデータ・情報でしょう.個人の「分類」基準が集積された「データ」=タグは,ウェブの進歩により始めて登場したものです.

年始ですので時事的な話題に戻します.昨今最も話題となっているバズワードであるクラウドコンピューティングですが,それが計算処理が行われる場所の移行・集約というものであれば,新しいものは何も生み出されません.計算処理が時間単位で購入できる,とか,インフラのレイヤ構成が変化して,新しい種類のサービスが成立する,などのことがあって初めて「新しい」なにかが生み出されるのだと思います.そして,その「何か」が特定されて始めて,新しい研究が始まるのです.

2008年も,さまざまな新しいものが生まれる基盤が生み出されました.もちろん,あたらしいものに見えて,よく見ると単なる言葉の言い換えという事例も沢山あります.2007年以前に生まれたもので,まだ多くの人から注目を浴びていなくても,黙々と新しいものを生み出し続けている基盤もあります.(基盤というのはウェブサービスプラットフォームという意味で使っているのではありません.もっと幅広いものを意図しています.研究では,明確な定義が必要ですけれど)深見嘉明は2009年も変わらず「新しく生まれた何か」を探しあて,その存在そのものがもたらす影響と,対処についての研究・分析・情報発信を続けて行きたいと思っています.本年もよろしくお願い申し上げます.