2つの提携,雑誌とウェブ

明日,IMC Tokyo2008で話す前に,上げておかなくてはと思っていたら,どたばたして前日になってしまったエントリです.

今回の対談相手となるマガジンハウスさんがマイクロソフトと,その他出版社の22誌がヤフー/タグボートとそれぞれ提携し,ウェブで雑誌の過去記事を読むことができるサービスが始まるというニュースが先月末に流れました.

それぞれの動きをまとめているのが日経新聞5月30日(金)の記事ネットで雑誌楽しむ ヤフーやマイクロソフト インターネット-最新ニュース:IT-PLUS(これ,圧倒的に紙の紙面の方がまとまっているので,図書館や日経テレコンで元記事をあたることをお勧め).現時点ではマガジンハウス/マイクロソフトのサービス,MSNマガジンサーチが既にサービスイン.タグボート/ヤフーのX BRANDが23日サービスイン.

雑誌のバックナンバーは,一部を除くと書店に流通しないため,そうした記事を活用して広告収入を得るという方向性自体は,バックナンバーの記事を自由に活用したいと思う読者からも歓迎されるものでしょう.

と思っていたら,思わぬところから横槍が入ってきたのです.PC Watchの連載コーナー,山田祥平のRe:config.sysのMicrosoftは、もうPCの夢を見せてはくれないのかでは,MSN=マイクロソフトが提供するビューワに対し猛攻撃.主な批判は

  • サイズ固定で,ズームしなければ記事が読めない
  • 付箋や拡大鏡が記事を隠す.しかもどけられない.

といったところです.

ほかにもDRM管理とか,この記事ではいろいろな指摘をしていますが,その辺までカバーすると際限なくなってしまうので,このエントリでは上記2つのポイントについてのみ考察します.というのも,この2つは紙媒体とHTMLとの違いが如実に出ているところで,これがソース(記事)のマルチユースを妨げる最大の障壁だと思えるからです.

紙媒体は当然サイズは固定ですし,その上に付箋をはったり,書き込みしたりすれば,その下の部分は見えません.それでも別に紙の雑誌に不自由を感じる人はあまりいないでしょう.突然雑誌が横にびよーんと伸びても気持ち悪いわけですし.逆に作り手側からすると,決められた大きさ・フォーマットの中でいかに読みやすく,美しく文字や図版を組み込むかというところに情熱が注がれます.書店のデザインコーナーに行けば,文字組みやフォントに関する本が沢山並んでいます.見本帖に行けば,驚くほどの紙が並べられています.なので,文字や図版の大きさや配置,ましてや色やフォントなどが変化することはありえない!というわけです.

一方ウェブでの情報発信は基本的にHTMLベースです.HTMLはディスプレイの性能によって文字や色の出力は変わりますし,ブラウザの拡大・縮小機能を使えば同一記事の見栄えはあっという間に変貌します.文字組もぐじゃぐじゃになったりして,,更に最近はパーマリンクが普及し,1記事=1URLというのがウェブの主流になりつつあります.つまり最初からウェブでの流通を前提とするコンテンツは

  • ユーザの環境により柔軟に変化する表示形態
  • 記事固有の美的感覚よりもアクセシビリティと可読性を最優先*1

という特徴をもちます.

この通り,メディアの特質により,求められるコンテンツの表現形態や技術が異なるのですから,雑誌記事をそのままウェブに持ってくると不便と感じる人が出るのはあたりまえなのです.

ちなみに紙ベースの思想を大々的にコンピュータに持ち込んでいるのがPDFというファイル形式です.PDFの正式名称はそもそもPortable Document Formatであるわけで,基本的に紙文章をコンピュータ上で取扱うための規格です.このPDFを大嫌いという人がたまにいます.そういう人の多くは,PDFで配布される書類を印刷しないのです.徹頭徹尾ディスプレイで読んでいます.私は目が疲れるのが嫌なので,がんがんプリントアウトして読む派です.一方ディスプレイ派の言い分は,「紙が増えるのがいやだ.せっかくファイルになっているのに,わざわざ紙にするのはおかしい.」というところです.

ディスプレイ派の人はscansnapを買って,どんどん紙配布の書類をPDFにし,紙は処分するということをやります.その方が確かに資源とスペースの節約なのですが,,,,このようにPDFファイルを積極的に生み出している彼らですが,概してPDFという形式は好みではないようです.それはそうでしょう.ディスプレイで読むのに,その環境に最適化されないデータリソースなんて,読んでいて快適であるはずがありません.だから,マガジンサーチのビューワに対し,あのような批判が出てくるわけです.

とはいっても,マイクロソフトが高度なビューワを開発・投入すればいいというものではないでしょう.なぜなら,この問題は技術的なものではなく,思想的な問題なのですから.そして雑誌社がディスプレイ派のニーズを最大限汲み取るならば,過去記事を全てばらばらにしてHTML化していくことが必要となります.単に著作権処理だけではすまない,多大なコストが発生するはずです.最初からデータベース化する前提で記事を作っている場合(マガジンハウスではブルータス不動産とか,グルマン温故知新とか.東京カレンダーなんかはほとんどの取材記事はそうでしょうか)はともかく,複数記事がまとまって一つのコーナーが作られている場合などは対応するのが難しいかもしれません.

だからといって,別に雑誌が変わらなければならない,というものでは全くないと思います.やはり雑誌は紙に印刷されて,手にとってこそのメディアですから.ただ単に,マルチユースをするのであれば,こうした点を理解する必要があるであろうことは指摘しておきたいのです.

ついでに言えば,マルチユースを前提とする雑誌編集をするなら,記事や編集工程,そして印刷された紙の雑誌の中身もそれなりに新しい形態のものとなるはずです.そんなまだ見ぬ雑誌の姿を見ることができればうれしいな,と明日の対談に対しては思っているところです.

*1:もちろん,その上で美しいデザインを追求しているサイトは沢山あります.というか,全てのウェブデザイナーは美を追求してますよね?